チラシの裏、荒野。

言葉の人間 言葉を使い果たすまで

ある、中毒者

─気持ちが悪い、寒さで震えが止まらない。
胃を掴まれてそのまま揺さぶられているような感覚が続く。
寒気からずっと震えて呼吸が浅くなるが、横隔膜が麻痺して呼吸することもままならない。
ハッ、ハッハ…と浅く息をしては不甲斐なさと吐き気にため息が混じる
「(俺はここで死ぬみたいだ)」
頭がそんな考えに支配される
実際死がすぐそこに立っていて、今か今かと手を引くタイミングを見計らっているのを感じる。

曇りがかった窓の外のビル群が、恐ろしく、奇麗に見えた─

f:id:hihumipoe:20180430144844j:plain

 


目が覚めると僕は新宿のど真ん中に位置する病院の最上階の病室に入院していた
病名は急性アルコール中毒。飲みすぎ。保険適用外の自業自得の病だった。

その日の僕は緊張しており、加えて徹夜で内臓は弱っていた。
そんな状況にも関わらず、僕はロックで飲み始めていた。
疲労で感覚が鈍っていたのか、酔いを感じず僕は速いピッチで酒を飲み進めた。
二店目に入ると気は大きくなり、コカレロというスピリッツをショットで5杯空けた。

f:id:hihumipoe:20180430144411j:plain


この日結局僕は2杯のロック、7杯のショット合間にカクテルを2杯程度飲んでいた、らしい。
らしい、というのはショットを飲んだ後の記憶が途絶えているからだ。
次の僕の記憶は、床に寝そべっている僕に、オーストラリア人が僕の名前を尋ね、やっとの思いで答えると、
しきりに名前を呼んで意識の確認をしようとしているところだった。
クラブの眩しい照明と外国人の大声がうっとおしいな、なんて思った。

世界が暗転して、明転した時はベッドの上に舞台は変わっていた。(酩酊して明転するだなんて)
救急搬送中の記憶はなく、着衣は乱れ、我ながらみじめったらしい様だった。

その後の僕はといえば、焦りからかうわ言のようなものを繰り返し(記憶はあるが内容は語らない)、
それが終わったかと思うと死んだように眠ったらしい。
迷惑な話だ

一時金の支払いを一人で済ませ、重い体を引きずって病院を後にした。
ゴミ溜めの新宿の朝はこれでもかというくらいにすがすがしく、
家の近所で見た燕の引っ越しには胸を打たれた。
これほどに生を実感したときがあっただろうか
愚かなことに人は、失う実感を伴って初めて今持つものの重要性に気付く。僕も例に漏れずね。

 

血中のアルコール濃度が0.4パーセントを超えると、死亡する確率は50%になる


酔いつぶれて反応が鈍くなった酔っ払いの半数が死ぬ、というのはピンと来ないだろう。
けれどそれは確かに起こる
脳が麻痺し呼吸が止まるか、吐瀉物が喉に詰まるかの違いで
そうなった酔っ払いはLive or Dieの5:5の賭けをやらなきゃならなくなる
そんな馬鹿な賭けはやるべきじゃない
自分の酒の強さや生命力の強さに自信のある御仁もいることだろう。
僕自身、悪運の強さには自信がある。
その自信は、慢心を生む。
チキンレースを楽しんでるだけ、崖に落ちるなんてヘマはしない』と

しかし、生と死、その二つには境界なんてない。
今際の際にガードレールはなく、先端はいびつな形をしてる
崖は真っ暗で見えないしスピードメーターは正確だとは限らない。


死は、レースを始めた時から隣に立っている。

 

僕はこれを書くにあたり自身の失敗を痛烈に反省した。
一人で飲んで死ぬ分にはまだいい、僕は友人といるときにこれをやってしまった
お酒を飲めば場は楽しくなるし、誰かといると飲んでしまいたくなるものだから。
けれども度を越せば死んで自身の命を失うか、生き残ったとしても友人を失うことになりかねなかった。
酒一杯で失うにはあまりにも勘定が合わない損失だろう。

僕は今後も酒を飲む、けれど、グラスを持つ僕の手に死の手が重なっていることを決して忘れない。

大切なものを失くすのには僕は若すぎるのだから─


蛇足

タイトルはアル中、とまんまだがaddictじゃなくてpoisoningのほう


「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という言葉がある
僕はあまり賢い生き方をしてきていない。
今回のことでいくつか経験したことはそれなりに重要な意味をはらんでいたものだろうと愚者なりに思う。
失うものとひと、死との距離、入院費の高さ…etc
僕が自ら死ぬことは限られた状況でしかしないとは決めていたが、うっかり、でも死んではいけない。
人が死ぬということは少なからず影響のあるものだから。

意識が朦朧とする中、美しい光景を見た。
こんなものが見られてここで死んでもいいと思ったが、未練がでたのか次の瞬間には死んでたまるかと心の底から思った。
この詳細は、僕の心の内だけに取っておくことにしよう。
あの日少し見物をしてきた僕の、冥土の土産として。