チラシの裏、荒野。

言葉の人間 言葉を使い果たすまで

Breed

電車が揺れて意識が半分だけ遠くなる、車体に身を預ける。

「あなたはいつか離れていってしまいそう」誰かが言う、きっと今までの女の人のうちの誰かだ。

僕は悲しくなって「そんなことない、ずっといるよ」とつかえる喉から振り絞って言う。僕は僕自身の気持ちに自信がないから精一杯本当のことを言おうとする。

「君と一緒にいるとき、君のことが好きだ。一緒にいないときにそう思うのは僕にとってはすごいことなんだ。」

誰かが呆れて笑う顔が見える。

 

白昼夢から醒める。

醒めてしまえばふわふわとしていた輪郭は形を持ち出して、誰が、とかどの時に、とか、はっきりと線が引かれる。

電車が途中停車したようだ、鉄橋の上でしばらく川を見つめる。

寝ぼけていたが、ここが多摩川であることはすぐにわかった。

今日、僕が見る川はきっと多摩川でなければいけなかった。

ああいっそ、夢のあの子と身投げしてしまえばよかったんだなと思った。

そこで全て終わらせたら、面白くはなくても綺麗な話にはなったかもしれない。

機会はいくらでもあったはずなのに、僕はそうしなかった。

耳につけたイヤホンは曲を聴くためではなく耳栓の代わりにしていた。

ふいに聴いた曲が彼女を思い出すような曲だったら、それこそ一人で身投げしてしまうからだ。

車掌のアナウンスが入る。細部は聞き取れないが発車する、ということだろう。

電車は動きだしてしまった、この電車はきっとこの先も終点まで走り続けるだろうし、僕はこの先の電車で別の電車へと乗り換える。

当たり前のように、ホームでじれったい思いをするくらいで。

最寄り駅のホームを踏んで「(離れていったのはやっぱり僕じゃなかった)」と思った

夏は真盛りで焼け付く体は中身も精神もボロボロでほとんど“生きてる”なんていえないのかもしれないけど、あのとき死期を逃した僕は生きていかなきゃいけない。

この感傷をちゃちな“失恋”なんて言うつもりはないし傷付いたと泣いて消化する気もなければ、傷付いてないなんて嘘で自分を守るつもりはない。

ただ、人生の可能性の喪失がある。

明るい、ありふれていて、それでいて幸せな未来。

僕の人生でそれが得られないというのがはっきりと分かってしまった

大きなものをなくした虚無感が体と脳、僕のすべてを支配する

酷暑になるという日の最寄り駅北口階段前には、立ち尽くした具合悪そうな青年と、現実を突きつける現実的な暑さと、青年が抱えた虚無があった。